こどものとも60周年なんでもニュース

【講演録】絵本作家・田島征三をつくりあげた、小さきものたちの生命力

■見捨てられた場所、返り見られたい者たちをアートで力づけられるか?

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その後木の実で作った『ガオ』も、同じ気持ちでした。それこそ伊勢丹三越のウィンドウを飾っている作品や、新潟県十日町にある「絵本と木の実の美術館」、香川県大島の「青空水族館」も「ぐりぐり」のために自然のものを使って作品をつくった一連の試みです。

「絵本と木の実の美術館」というのは、10年ほど前に越後妻有アート トリエンナーレという芸術祭の一環で、廃校になった小学校を使ってつくったもの。当初は田島征三美術館をつくりたいという依頼で、ありがたいなあと思って出かけてみたら、小さいけど二階建てのそれはそれは素晴らしい小学校がありました。でもすぐに申し訳ない気持ちになったんです。だってまだぼくは生きてるのに、ここを田島征三美術館にするというのはみっともないでしょう。だからこの場所全体をぼくのアートにしちゃおうと。過去のものを飾るんじゃなくて、新しいものを作ろうと思ったんですね。

ここは、ユカとユウキという5年生、ケンタという3年生が通っていて、6年生のユウタローが卒業したので、在学生が3人になって閉校が決まった。その3人はどんな気持ちだったんだろう。この子どもたちの心は、ここに残っているんじゃないか。そこでまず、彼らの思い出のモチーフを創りました。子どもたちが1番好きだった女の先生と、おばけもつくりました。おばけはどんな学校にも必ず学校にいるでしょう? これはそのおばけと生徒たちが活躍する空間絵本なんです。

DSCF2584スライドとともに、空間絵本の解説をする田島さん

ある時、彼らは中越地方の音楽祭に出場しました。他の学校は1000人の全校生徒の中から、選ばれた40人くらい音楽の才ある子が演奏したり、歌ったりする。でもここには4人しかいません。そこで女の先生のご主人である太鼓の名手が指導にきたそうです。彼らは回し打ちなど個性的な演奏で、音楽祭で優秀な賞を収めました。これはそのことをイメージした流木を使った作品。置いてある3台の自転車を漕ぐと、ユカ、ユウキ、ケンタが太鼓を叩く参加型の展示です。

これは最後の部屋の作品。3人の子どもたちが、この学校を飛び出していくイメージでつくりました。写っているのは足だけで、上半身は屋外に飛び出しています。この作品は苦労しましたね。広い小学校だから、平行して作業をしないと期日までに間に合わない。そこで、集落の人達が一生懸命手伝ってくれたんです。ぼくが流木を持って「この色とこの色の流木をくっつけてもらえますか?」と指示していると、他の部屋から「できたよ~」と呼ばれます。そんな風にあっちこっちに行って戻ってみると、指示とは全然違うものが出来上がっている(笑)。でも心意気で手伝ってくれてるんだから、外してくださいなんて言えません。悩んでいたらこんなに大きくなっちゃった。でもこれが、いいと思っています。

過疎になって学校が閉鎖され、別の学校に通うという悲しい現実。都会にばかり人が目を向けているから、あんな美しい野山があるのにみんな離れていってしまう。ただ、若者たちをつなぎとめてなんとかここに残らせよう、というのはぼく間違いだと思うんです。若者は飛び出していけばいい。ただ、あの素晴らしい風景にぼくはいつか帰ってくるぞ、という故郷であればいい。
ここの卒業生であるユウタローは大学を出て帰ってきて、「絵本と木の実の美術館」に併設されたカフェの厨房で働き始めました。今年の4月からは、ここの役所で働いています。それだけじゃありません。日本中の絵本美術館を渡り歩いた女性が感動されて、移り住んできました。そうしたら、作品に登場するユウキのお兄ちゃんのダイチくんと結婚したんですよ。赤ちゃんも生まれて、なんと人口が増えちゃった(笑)。芸術の力、アートの力は、少しずつ集落を活性化させています。

瀬戸内芸術祭でつくった『青空水族館』というものもあります。香川県の大島という島にあるんですが、ここはずっとハンセン病の療養所として使われてきたとても悲しい歴史を持っています。右側に写っているのが、Nさんというぼくの親友の1人。彼はハンセン病にかかって、60年間もこの島に閉じ込められてきました。ここで出会った奥さんとの間に子どもをもうけたんですが、国によって取り上げられ殺されてしまった。当時はらい予防法という悪法があり、こんなおぞましいことが普通に行われていたんです。ハンセン病には特効薬があり今ではほとんどなくなっているのに、1996年までこの法律は生きていた。彼のNという名前も、かつての名前を取り上げられた後に無理やりつけられた名前なんです。

そんな島にぼくは、人魚や海賊が登場する水族館を模した作品をつくりました。漂流廃棄物でつくった大きな魚を引っ張ると「どうして私を捨てたの…?」って色っぽい声で言うんです。やってみるとおもしろいんだけど、作品を見てくれた人の中には「ここの島にいる人達を捨てたのはぼくたち自身なんじゃないか」と感じてくれる人もいます。
ぼくはこんな島のことを知らなかったし、知ろうともしなかった。彼を捨て続けてしまっていたんです。でもそんな島の悲しみをそのまま作品に込めたら、誰も見てくれないよね。だから誰もが楽しめる水族館にしたんです。今はここの裏の空き地を森にしようと思って、島の皆さんと木を植えたりしてます。これも大変。おじさんたちが「わしのこの松の盆栽も植えてくれ」「それならわしの立派な盆栽も」なんてことになっちゃった(笑)。それをどう使って芸術にするかが勝負だと思って、ぼくも頑張っています。

ひどい差別を受けて島に閉じ込められてきた人や、思い出の詰まった学校を失っちゃった子どもたち。彼らの気持ちを和らげることなんて、そんな簡単にはできません。でもね、このあいだ塩水のせいで枯れた森の木に、ちょっとだけ芽が出たんです。すると車椅子のおじさんがゆっくりとやってきて「おお、芽が出ちょるじゃないか」と目を細めてうれしそうに見てくれていました。

アートの力というものがあるとしたら、例えばこういうことなんじゃないかな。そんな風に思いながら、ぼくは作品をつくっています。

<終わり>

 

※本講演録は2016年3月から21日間にわたって開催された「こどものとも60周年記念フェスタ〜あそぼうつくろう絵本の世界」の4/4の特別イベントの模様をまとめたものです。
※文中特に言及がない作品は福音館書店刊。

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