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【講演録】絵本作家・田島征三をつくりあげた、小さきものたちの生命力

■売れた画風をしいて変えて、新作へ!

IMG_0749ただ仕事は全然こなくって、お金もなくなって栄養失調になっちゃった。今江さんは、そんなぼくを生かそうと思って文章を書いてくれたりしていたんです。そんな時、ポプラ社の社長さんがヨーロッパに行かれて、現地の絵本を視察していました。現地ではちょっと汚らしい絵が多くて、ああいうものがこれから日本でも受けいれられていくのではないか、ということでぼくに白羽の矢が立った(笑)。そこで今江さんが文章を、ぼくが絵を描いて『ちからたろう』ができました。ポプラ社も最初は「うちも商売ですからね」と出版に慎重だったんだけど、出してみたら半年くらいですごく売れた。田島征三という名も少し世に知れたので、偕成社から処女作の『しばてん』を商業出版することになりました。今江さんが出版社を駆けまわってくれてから、10年が経っていました。

DSCF3152でも『ちからたろう』がたくさん売れたせいで「先生、この画風で一生食べていけますね」なんて言う人が出てきたから、画風を変えちゃったんです。それで描いたのが、『ふきまんぶく』(偕成社)西多摩郡の日の出村というところに引っ越したんです。食べるものさえあれば怖くないから、ヤギやチャボを飼って畑をやって、自給自足の生活です。そんな田舎の風景の中で息づいている生き物たちのバイタリティーを注ぎ込んだ。

すると『ふきまんぶく』を出版して1ヵ月も経たないうちに文化出版局の女性編集者が、日の出村まで訪ねてきたんです。「すてきなお母さん」というニューファミリー向けの大変おしゃれな新しい雑誌をつくるにあたって、その中に毎月挟み込む絵本を描いてほしいということでした。でも『ふきまんぶく』はつくるのに3年もかかっているので、とても毎月なんて無理。結局隔月にしてもらって、ぼくは飼っているヤギの「しずか」をモデルに絵本を描きました。子やぎの時代から、大人になり、妊娠・出産をするヤギの一代記です。

なんで、しずかという名前かというとね、子やぎはかわいい声でメ〜と鳴く。これを田園風景の中で聞くと本当に素晴らしい。でも発情すると、それはそれはおぞましいしゃがれ声を三日三晩出し続けます(笑)。その3日間は「静かにして!静かにして!」と言い続けていて、いつしかそれが名前になりました。

この「やぎのしずか」シリーズがすごく売れて、あっという間にお金持ち。女房が日本橋の三越で革張りのソファを買ってきて、そこでブランデーなんか傾けちゃってね。35歳でブルジョアになっちゃった。でもすぐに「これはまずい!」と思って、何が悪いのか考えました。すると「やぎのしずか」が売れるのがいけないという結論になったんです。そこで文化出版局に「どうか絶版にしてください。自分がダメになってしまいます」と伝えました。

文化出版局はとてもいい出版社で、話を聞いてくれました。でもこの本のために頑張ってくれた人の苦労をムダにしてしまったわけです。そこで心機一転、新しい画風を獲得しようと5年間もがき続けて『ほらいしころがおっこちたよ、ね、わすれようよ』を偕成社から出しました。印税も使い果たしていたので気合いを入れたんだけど、これがすごく売れなかった。そこで偕成社に「前に絶版にした本を、ここで出していただけませんか?」と連絡しました。やることが、ひどいよね(笑)。恥ずかしい人生で、本当に反省しています。

>>生きものの「ぐりぐり」とした生命感 幼少期の思いを紡いだ作品たち

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