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【講演録】絵本作家・田島征三をつくりあげた、小さきものたちの生命力

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『ふるやのもり』、『ちからたろう』、『はたけうた』などの作品でお馴染みの絵本作家・田島征三さん。デビューから54年を迎えた田島さんの講演では、時に冗談を交えながら、絵本作家としてのルーツや半生を振り返っていただきました。書籍としての絵本だけでなく、木の実や流木を交えた作品や、「空間絵本」などの試みを現在も行なっている田島さんの、ものづくりとアートにかける思いを探ります。

■学生時代に手刷りでつくった『しばてん』が、作家人生のはじまり

DSCF3148福音館書店とぼくの関わりは、1965年1月1日号の「こどものとも」で発表した『ふるやのもり』に遡ります。この1月1日号というのは、おめでたい号だから田島征三のデビューにぴったりだった、というわけではないんですね(笑)。絵本雑誌というのは子どもが入園する4月が1番大事で、お母さんが安心するような作品が必要。なので年明けに、ぼくの荒々しい絵を松居直さんが編集長だった時に使ってもらえたわけです。

ぼくはいい天気だとベランダで絵を描くんだけど、カンカン照りの時だと、紙の上に置いた絵の具の池が乾いていく。そうしてから、何を描こうか考える。何を描くかは、描きはじめてから決めるんです。ある日そうやって何を描こうかなって思ってたら、急に童話作家の今江祥智さんが現れました。まだ無名だったぼくが大学時代に手刷りでつくった『しばてん』という絵本を、イラストレーターの和田誠さんから受け取り、それを中央線に乗りながら読んで泣いてしまったそうなんです。それで今江さんは『しばてん』を持ち歩いては、出版社に持ち込んでくれました。でも、どこも「こんな汚らしい絵本はダメですよ」って言われたみたいです(笑)。

でもぼくはすごくうれしかった。知り合いでも友達でもない人が、ぼくの作品を読んで泣いたことが、すごく自信になりました。「ぼくの作品は人を泣かせる力があるんだ!」ってね。そんな今江さんが「ここがダメならもうおしまいですよ」と言ったのが福音館書店でした。松居さんが作品を見てくれて、子ども向きではない、と感想を述べつつも「絵がおもしろいから、私と付き合ってくれますか?」と言ってくれました。他の会社では「なんか小さいカットでもやってもらおうかな」ってぞんざいな扱いだったけど、松居さんは丁寧です。

ただ、ぼくはその時全然お金がなくて、明日のご飯にも困っている状態。なので「付き合ってる間にお金をくれるんでしょうか?」って聞いてみたんです。そしたら、「それはダメです」って言われてね(笑)。でもそういうことならなるべく早く本をつくろう、ということで、『ふるやのもり』が出来あがり世の中に出た。うれしかったですねえ。書店に「こどものとも」が並ぶと、「誰が買っていくかなあ!」って見に行ったんです。でも全然買っていかない。不評だったんです。

当時とある幼稚園の園長先生が、幼稚園の専門誌のような雑誌の中で『ふるやのもり』の書評を書いてくれました。今江さんがそれを見つけてくれて、「こんなの出てるで〜」って持ってきた。絵画に詳しい人で、専門的な言葉で評しているんですが、最後に「絵本という美しい花園を、芸術家のエゴという泥で踏みにじることは辞めて欲しい」というようなことが書いてあって、ショックでした。ショックのあまり、丸暗記しましたね。

でも若かったので「そんな美しい花園があるなら、踏みにじってやろうじゃないか!」なんて怒りをエネルギーに創作をしていました。そんな時に、長新太さん、赤羽末吉さん、瀬川康男さんなど先輩の絵本作家の人達が「お前さんおもしろいな〜」ってほめてくれた。それが本当にうれしくってね。どれだけ汚らしいとか芸術家のエゴだって言われようとも、やっちゃるぜよ、って気持ちになったんです。

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