この人も好きだった「こどものとも」

お気に入りの1冊 松村由利子

てまり2
「こどものとも」と出会ったのは遅かった。父の仕事の都合で、3歳になる前にアメリカへ移り住んだため、私が購読したのは帰国後、小学校に上がる前の1年間だけだったのだ。

 アメリカにいたころ、絵本といえる絵本は買ってもらわなかったように思う。1ドル360円だった当時、両親は若く、切り詰めた生活をしていた。昔話がたくさん収められた分厚い英語の本を、母が適当に訳して読んでくれることが多かった。ほかに持っていたのは、赤白の縞の帽子をかぶった猫、“The Cat in the Hat”で知られるドクター・スースの子ども向け辞書で、絵だけ眺めて楽しんでいた覚えがある。(長いこと、あの猫のキャラクターをサルだと思い込んでいた)

 そういうわけで、帰国してからの幼稚園の日々、毎月の「こどものとも」は本当に楽しみでならなかった。中でも、私の心をとらえたのは、1966年11月号として刊行された『てまりのうた』である。こゆりとさゆりという小さな姉妹がお母さんの作った手まりで遊ぶうちに、手まりが手元から離れて転がってゆくというストーリーだ。

「ぎんの こすずに くるくると/しろい いとをば くるくると/あかい いとをば くるくると……」。お話全体が詩のような、与田凖一のリズミカルな文章もよかったが、何よりも絵が素晴らしかった。

てまり4

 たまたま、その年度の「こどものとも」のラインナップには、『どうなが ダック』『かわうそどんのくじらとり』をはじめ渋い色遣いの作品が多かったため、よけいに鮮やかな色彩が印象深かったのかもしれない。色とりどりの手まり糸が見開きいっぱいにぴんと張られた構図は、いま見ても気持ちがいい。そして、タチバナの実のみかん色、カキツバタの深みを帯びた紫や青の何と美しいことだろう。

『てまりのうた』に魅了されたのは、弟が生まれてまもないころであり、私は大きな寂しさの中にあった。ほぼ6年の間、一人っ子として育ったので、突然現れた赤ん坊は闖入者でしかなかった。ベビーベッドに入ることを固く禁じられていた6歳児は、両親が見ていない隙に入り込んでは、頭頂部と足がきちきちにベッドの両端にくっつく状態で横たわり、「ほーら、寝られるもん」と勝ち誇っていた。もしかすると、そうした寂しさが、『てまりのうた』の大胆な筆遣いや明るい色彩に惹かれた一因だったかもしれない。

後年、その作者が、舞台美術家の朝倉摂だったと知って驚いた。絵本に描かれていた独特の情緒としっとりした空気感は、日本画と洋画の両方を学んだ人ならではのものだったのだ。それにしても、あんなに好きな絵本の作者が手がけた舞台を、一つも見ることができなかったのが悔やまれてならない。

松村由利子(「こどものとも」ウェブサイト用)松村由利子 歌人

1960年、福岡県生まれ。毎日新聞記者を経てフリーランスに。2010年、『31文字のなかの科学』(NTT出版)で科学ジャーナリスト賞受賞。著書に『子育てをうたう』(福音館書店)『少年少女のための文学全集があったころ』(人文書院)など。『夜空をみあげよう』『風の島へようこそ』(いずれも福音館書店)など子どもの本の仕事も。最新刊は『短歌を詠む科学者たち』(春秋社)。