この人も好きだった「こどものとも」

刻印された言葉・心・空気「こどものとも」 ~「演じ読み」「歌い読み」の日々~ 浜 文子

私にとって、すでに遠景になってしまった育児の時間に、そこだけスポットライトを浴びたように明かるくくっきりと蘇るのが、子ども達と読んだ「こどものとも」との時間。毎月届くそれらを、親子で楽しんだひととき。

「人生で最も幸せだった時を、一時間だけ再現します」と神サマが言ってくださったら私は些かのためらいも無く「あのひとときを!」と即答する。このことは拙書『浜文子の育母書』(メディカ出版)に“あの子達に会いたい”という項を設け、子どもと絵本を味わった幸せな時間について託したほどだ。

著書『母の時間』『浜文子の育母書』『母の道をまっすぐに歩く』

絵本を開いた私に、右と左からぴったりと寄り添い、小さな体をもたせかけてきた息子と娘の、あの”軽い重さ”の心地良さ、いじらしさは、私にとって母親の幸せと栄光の象徴であり、「平和というものの具現」そのものだった。私の音声で読み上げる一語一語が、子ども達の耳底へと落ちていく。ジッと聞き入る二人は、時々、そっと私を見上げ、視線を再び絵本に移す。そうした時の、子どもの一心な表情の美しさ、尊さに優るものは無い。その目に見つめられて、私は母でいられたのだ。

娘を妊娠中に、二歳と少しの息子が好きだった『パトカーぱとくん』や『しょうぼうじどうしゃじぷた』は、朝に夕に彼を膝に乗せて読んだ。本を持つ両腕で彼を支える形に包み、「みぎに まがり、ひだりに まがり」や「ききききーっ」と「きゅうていしゃ。」などと、本の描写のまま、私は自分の体を、息子の体ごと、右に左に勢いをつけて傾けたり、思いっきり前へとつんのめったり、臨場感満載で「演じ読み」した。お腹が少しずつせり出すにつれ、窮屈になる膝から転げ落ちまいと息子も必死になるのが、実に楽しかった。『しんせつなともだち』『ぶたぶたくんのおかいもの』『だるまちゃんとかみなりちゃん』『こぶじいさま』『おおきなかぶ』『ゆかいなさんぽ』『ぐるんぱのようちえん』『せんたくかあちゃん』『はじめてのおつかい』『くいしんぼうのあおむしくん』

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……ああ! とてもとても書ききれない。思いつくまま挙げたこれらは、本がセリフごと生活の中に入り込み、私達の日常へと溶けこんだ絵本たちだ。

高い所に在る物に手を伸ばす時は親子で声に出し、だるまちゃんを真似て「うんとこさ!」「ぴょんとこさ!」とやった。買物に行く道々では『ぶたぶたくんのおかいもの』を再現し「ぶたぶた かあこお ぶたぶた かあこお」「くまくま どたじた どたあん ばたん」と三人声を揃え、愉快だった。

きわめつけは、こぶじいさまが、鬼と踊る歌に曲をつけてしまったこと。そもそも、この歌の部分は、私が毎回『こぶじいさま』を読み聞かせる際に、適当な節回しで、それらしく「歌い読み」していた。

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ある日、既に高校生なっていた子ども達が、夏休みのつれづれに「絵本の思い出話」をしていた際、あの『こぶじいさま』の歌が、母親の即興の産物だと初めて知った。それがきっかけで、ならば……と娘が「テープに採っておこうよ」と言い出した。心の奥に熾火のように据えられていた時間の、十五年後の再燃である。

―♪くるみは、ぱっぱ ばあくづく、
おさなぎ、やあつの、おっかぁかぁ…♪―

あの歌を、私、息子、娘で「この際だから」とご丁寧にも三重唱にし、歌い出しは輪唱、ボーカルの一部ソロの後ろには、小さく「おっかあかあ♬ おっかあかあ」とリフレイン。その上、曲の合間、合間には「ぼこっ!ぼこっ!」なる合の手をさしはさむ念の入れ方。この歌は最後に、息子の「ぼこっ‼」の雄叫びで終る。こうした遊びに対して、一切の手ぬきナシで大真面目に熱中するのが、私達親子に共通する気質なのである。

子ども達も社会人となり、家を出て行ってからのこと。私の友人から季節の果物「ラ・フランス」が送られて来た日、外出のついでに私はそれを一個ずつ子どもの住まいの大型ポストに置き「おすそわけ」のメモを残した。

夜になって、息子の字でFAXの送信があった。

「ごちそうさまでした。本来ならぼくは、この半分をろばさんのもとへ届けるのがスジなのですが、空腹のため、全部一人で食っちゃいました。やぎさん、しかさんにも申し訳なく思いますので、あなたからも詫びておいて下さい。悪しからず。」

ポストに見つけた一個の梨から『しんせつなともだち』を想起した彼。

私達親子にとって「こどものとも」は、いつまでも”日もちする”「人生のとも」「思いでのとも」として、家族の歴史の基層に、疎かでない時間(とき)を育んだのである。

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浜 文子 詩人・エッセイスト
1945年北海道函館市生まれ。妊娠、出産を経て女性が母になっていく日常を当事者の側から、初めて発信。「わが子の専門家はあなた」と母達を励まし続ける。著書に『浜文子の育母書』(メディカ出版)、『母の時間(とき)』(グランまま社)、『子どもの心を開く大切な言葉』(河出書房新社)、『祝・育児』『母の道をまっすぐに歩く』(小学館)、『母になったあなたに贈る言葉』(清流出版)、『母子によせる言葉のせせらぎ』(赤ちゃんとママ社)、『母であるという幸せ』『子育てに迷ったときの 言葉のお守り』(PHP出版)等他多数。