あの年に生まれた「こどものとも」

1956年 世界初となる月刊物語絵本の誕生『ビップとちょうちょう』

1956_1今から60年前の1956年、世界で初となる月刊物語絵本「こどものとも」が創刊されました。当時、月刊絵本はいくつも刊行されていましたが、そのすべてが総合絵本、保育絵本と呼ばれる2ページから4ページの記事を断片的にいくつも組んだ絵本でした。
そんな時代に創刊したのが「毎月1話、とびきりおもしろい読みきりのお話」「子どもと対等に向き合い、子どもに媚びない」「繰り返し読んでもらいたくなる」絵本をめざした「こどものとも」でした。

その記念すべき創刊号が、『ビップとちょうちょう』です。
白い服を着た男の子、ビップがチョウを捕まえようとする中で、喜びや悲しみなど、さまざまな感情を経験する姿を描いた物語は、1955年に日本で上演されたマルセル・マルソーのパントマイムがヒントとなっています。

春の野原へチョウを探しにやってきたビップは、チョウがいっぱいいるのが嬉しくて、チョウを取りはじめます。ところが、捕まえたチョウが急に動かなくなってしまいます。怖くなって、あわてて放すと、チョウはゆらゆらと飛んでいきました。町に戻ったビップがチョウを逃がしてあげたことを話すと、町長がビップを抱き上げてくれました。そのあと、町のみんなで「へいわのはる」を祝います。

このお話には、子どもの心の成長や感情の変化を描くことに加えて、戦後に訪れた平和を子どもに伝えたいという、時代の強い思いも込められています。

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「子どもに媚びない、文学と芸術が一体となった芸術絵本」をつくりたい、という編集者の熱い思いをくみ取り、この『ビップとちょうちょう』をつくりあげたのが、与田凖一さん(文)と堀文子さん(画)です。詩人・北原白秋の高弟だった与田さんによるユーモアのきいた文章と、日本画家の堀さんが描く、色彩が美しい絵が調和した絵本は、編集者が自信をもって出版できるものとなりました。
しかし、いざ発売となると「表紙が暗い絵本なんて」と、黒い表紙が書店からは不評でした。福音館の社員はその芸術性を理解してもらうため、「これは暗いのではなく、美しい黒なのです」と、根気強く説明して回ったといいます。

その後、宮沢賢治の童話を元に、茂田井武さんがすさまじい執念と情熱をもって描いた『セロひきのゴーシュ』(2号)、日本の翻訳出版に大きな足跡を残した瀬田貞二さん初の絵本となる『なんきょくへいった しろ』(5号)などが刊行されることとなります。
第5号が出た時は、日本初の南極観測船「宗谷」の出発が世間の注目を集めていた時期でした。

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創刊当初、「こどものとも」は売り上げが伸び悩み、1年で廃刊の危機にさらされますが、1957年に「産経児童出版文化賞」を受賞したことで、徐々に世間にその存在を認められるようになっていきます。

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