あの年に生まれた「こどものとも」

1982年 子どものために作った新聞『どうぶつしんぶん』

DSCF39613月号で刊行された『どうぶつしんぶん』は、いわゆる本の形をした「こどものとも」ではなく、二つ折りのパッケージの中に、四つ折りの新聞が、春・夏・秋・冬、1枚ずつ入っている「こどものとも」としては珍しい形式の本でした。

春は「どうぶつびすけっとがあって、どうぶつしんぶんがないというのは、どうかんがえてもおかしい」と発刊の辞に始まり、夏は「まほうつかいのオリンピック」、秋は「やまかじとくしゅう」、冬は「とうみんちゅうに、だいじけんがおこったら、ラップしてくさらないように、ゆきのしたにうめておくこと」と冬眠の辞。連載小説やお料理コーナーなど、バラエティ豊かな記事がいっぱいつまっている新聞です。

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作者の岸田衿子さんは小さい頃、新聞というものは、よほど何かおもしろいものが書いてあるに違いないけれども、子どもが読める文字が少ないし、つまらなさそうだな……と、興味をもっていたそうです。大人になってからは、子どもはだいたい小学校に入って少しくらいすると、新聞を発行してみたくなるようである……ということも観察していました。

岸田さんにとって新聞は、子どものころから大人になるまで、ずっと魅力的な素材だったのです。そこで、子どもにとって大人と同じような形の、しかも子どもが読んで楽しい新聞を作れないだろうかと、アイディアをあたため続けていました。大人の新聞よりもう少し小さくて破れにくく、写真よりも絵を多くして、できれば動物ばかり出てくる……そんなアイデアが積もり積もって、「どうぶつしんぶん」新聞社がスタートしました。新聞社のメンバーは岸田さんと、堀内誠一さん、谷川俊太郎さん、松竹いね子さん。ある夏の4日間、山麓の山小屋にこもって、皆で新聞を作る合宿を行いました。

新聞作りはみな初めてで、たくさんのアイディアを新聞にすることはなかなか難しかったところ、堀内さんが絵、レイアウト、さらには記事に至るまで中心となって手がけ、形にしていきました。発刊の辞や、冬眠の辞、など改まったところは谷川さんが作り、岸田さんと松竹さんは「こどものとも」と同じ紙の面積に、こんなに活字が入ると思わなかった」と後述するほどの動物ニュースを、数多く作りました。DSCF3963

春号で行方不明になったネコの「こうめ」が、冬号で返ってきた時には、編集部一同乾杯をして喜んだり、合宿をした4日間は、忙しいながらも笑いが絶えず、生涯忘れようがない楽しさだったと、岸田さんや当時の担当編集者は振り返っています。

作り手も思いっきり楽しんで作った『どうぶつしんぶん』。子どもたちからは大反響だったそうで、編集部にはしばらく子どもたちお手製の新聞やら、ニュース記事の投稿が届くほどでした。岸田さんの思惑通り、子どもたちは自分たちだけの新聞を手に入れられて大満足したのでしょう。

この年は他にネイティブ・アメリカンの民話『とうもろこしおばあさん』(8月号)、おりもきょうこさんの『まいごのまめのつる』(9月号)、堀内誠一さんの『ふくろにいれられたおとこのこ』(10月号)などが刊行されました。DSCF3965

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