あの年に生まれた「こどものとも」

1966年 だるまちゃんたちの豊かな「遊び」の世界のはじまり『だるまちゃんとてんぐちゃん』

1お友だちと遊ぶことが大好きなだるまの子「だるまちゃん」が初登場したのは、今から約50年前に刊行した『だるまちゃんとてんぐちゃん』(こどものとも1967年2月号)でした。

ある日、てんぐちゃんと遊んでいただるまちゃんは、てんぐちゃんが持っているうちわがほしくなってしまいます。うちわがほしいというだるまちゃんに、お父さんのだるまどんはたくさんのうちわを出してくれますが、どれもてんぐちゃんのものとは違います。そこで、だるまちゃんはいいことを思いつきました。ヤツデの葉っぱをうちわにしたのです。そのあとも帽子、げた、長い鼻など、てんぐちゃんの持ちものがうらやましくてしかたないだるまちゃんは、かわりになるいろんなものをつぎつぎに見つけていきます。

2「だるまちゃん」の生みの親である加古里子さんは、それまで『かわ』や『だむの おじさんたち』など、人々の生活や自然の営みを忠実に描いたノンフィクション絵本を中心に手がけてきましたが、この「だるまちゃん」シリーズではフィクションを描きます。どうして加古さんは、だるまちゃんのような作品を描こうと思ったのでしょうか。

加古さんは東京大学工学部卒業後、民間企業の研究所に勤めながらセツルメント(*)での活動を通して紙芝居などを作って発表していました。子どもたちの喜ぶ作品の参考になればと、1950年くらいから給料のほぼ半分を使って外国の子ども向けの雑誌を定期購読するようになります。そんな中で目についたのが、ロシア(当時ソ連)の郷土玩具であるマトリョーシカを題材にした絵本でした。「子どもを出さずに子どもの本になっていて、おもちゃでありながら、それぞれのキャラクターに性格があり、ストーリーになっている」絵本に感動した加古さんは、日本の玩具でもこのような絵本ができないだろうかと考えます。そこで思いついたのが、だるまの子どもを主人公にした「だるまちゃん」でした。

3また、お話の設定は加古さんの子ども時代の経験が元となっています。「僕自身の父は、子煩悩でありすぎたんですね。子どもの僕の願いとは、ちがうことばかりするんです。僕は小学生の時、模型飛行機が大好きだったんですが、そうすると、父は値段の高い三角胴の飛行機を買ってくれるんです。安いのは、角材の一本胴なんですが、そっちの方がよく飛ぶんですね。買ってもらった三角胴は、案の定飛ばない(笑)。そんなわけで、父には欲しい物を気取られないようにしてました。縁日の夜店でも、おもちゃをのぞきこんでいると「買ってやろうか」って言われてしまうのでね、欲しい物を横目でちらちら見て形を覚えては、まねして作っていました。失敗して手を切ったりしたことも、いい経験になりました」(「こどものとも年中向き」2000年6月号折込み付録より)

「だるまちゃん」シリーズは現在全8作品。2014年7月号では、「こどものとも」700号記念として『だるまちゃんとにおうちゃん』が刊行されています。

41966年は他にも『ぞうくんのさんぽ』の作者、なかのひろたかさんのデビュー作『ちょうちんあんこう』(9月号)や、49号のお話に長新太さんが新たに絵を描いた『ぴかくん めをまわす』(10月号)、「ぐりとぐら」のクリスマスの物語『ぐりとぐらのおきゃくさま』(12月号)を刊行した年でもありました。

*セツルメント:都市の貧困地区に、宿泊所、託児所などの設備を設け、住民の生活向上のための助力をする社会事業およびその施設。

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