あの年に生まれた「こどものとも」

1961年 スポーツカーより速い! パトカーだって追いつけない! 横判だから表現できた『とらっく とらっく とらっく』

1961_1世界初の有人宇宙飛行に成功したガガーリンが「地球は青かった」と、歴史に残る一言を残した1961年。編集部は、その後の絵本づくりに大きな影響をあたえる決断をします。それは「こどものとも」横判の導入でした。

今でこそ、横に長い版判の絵本は世の中にあふれていますし、中の文章が横書きであることも半ば当たり前ですが、当時は事情が違いました。先に単行本として刊行した翻訳絵本『100まんびきのねこ』は文章が横書きだったことを「日本語を横書きにするとは、どうしたことか」と読者からお叱りをうけた時代です。一方で、本当は物語によって色々な形や大きさの絵本があることが理想だ。しかし月刊絵本である以上、毎月形を変えることはできない。そんな苦悩も編集部は抱えていました。そんな環境の中、より理想的な絵本、より子どもたちに伝わる物語の展開を求め、編集部はおもいきって年度途中の19617月号『とらっく とらっく とらっく』で横判の導入にふみきります。

横判で横長の画面になれば、絵本の中の絵が生き生きと動くにちがいない。編集部にはそんな勝算もあったようです。「横にして動かすのは乗りものに限る」と、『ピー、うみへいく』19589月号)、『のろまなローラー』(19609月号)で魅力的な乗りものを描いていた山本忠敬さんが、「こどものとも」史上はじめての横判の絵本を手がけることになりました。

1961_2横長の画面いっぱいに描かれた高速道路の上を、前のめりに描かれたトラックが走ります。ときにときにタンクローリーを追いこし、スポーツカーを追いこし、走ります。その速いこと速いこと! もし、この絵本が縦判だったら……。きっと、トラックはこんなに速く走れなかったかもしれません。ちなみに、走るトラックを前のめりに描くヒントは、バージニア・リー・バートンの『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』のちゅうちゅうからもらったそうです。

1961_3その後、「こどものとも」はその目指す表現にあわせて横判と縦判がまざりあうラインナップが定番となっていきます。当初(1960年)、縦判で刊行されていた『のろまなローラー』は、この横判の導入をうけ19658月号に横判として、新たな装いで「こどものとも」に登場することになります。編集部はよっぽど横判の魅力にとりつかれたのでしょうか。19617月号の『とらっく とらっく とらっく』の後、19657月号『きゅるきゅる』まで、縦判の「こどものとも」はなんと1冊も刊行されていません。

また、1961年は赤羽末吉さんによる『ス―ホのしろいうま』(196110月号)、堀内誠一さんの『たろうのともだち』(19621月号)が横判で刊行された年でもあります。しかし、現在単行本として刊行されている『ス―ホの白い馬』は当時とは全く異なる版型ですし、『たろうのともだち』は、堀内誠一さんの絵の変化をうけ19674月号で全面改稿されます。1961年の作品たちは、当時の作家たちと編集部がいかに試行錯誤をくりかえしながら「こどものとも」をつくっていたか私たちにひしひしと想像させてくれます。

1961_4子どもたちをより喜ばせる絵本づくりのために、横判という大きな武器を手にいれた「こどものとも」はますます表現の幅をひろげる可能性を見出していくことになります。当時をふりかえった編集者はこんなことを言っています。

絵本は空間の連続性がたいへん大切です。一方で、空間の連続性の他に、ページをめくるという動きによって、ゆっくり見るとか、早く見るという、絵本を見る人が「自分で作りだす」時間の連続性がある。絵本というのは、時間と空間という機能を持っている独特の表現だということに、このころ気づきはじめたのです。(『松居直と「こどものとも」』(ミネルヴァ書房)より一部要約)

バックナンバー

  • こどものとも60周年なんでもニュース