あの年に生まれた「こどものとも」

1958年 働くことと、何かを作ることの本質がつまった1冊 『だむのおじさんたち』

だむのおじさんたちh東京タワーが完成し、NHK「おかあさんといっしょ」の放送がはじまった1958年。この年は、その後「こどものとも」の礎を築くことになる3名の作家が「こどものとも」にデビューした年でもありました。『しょうぼうじどうしゃじぷた』でもお馴染みの山本忠敬さんが『ピー、うみへいく』(1958年9月号)を、『ぐるんぱのようちえん』を描いた堀内誠一さんが 『くろうまブランキー』(1958年12月号)、そしてだるまちゃんシリーズの生みの親、加古里子さんが『だむのおじさん』(1959年1月号)。

堀内_山本山本忠敬さんの処女作が、自動車ではなく船だったことは今振り返ると少し驚きです。デザイナーだった堀内さんが、それまであまり使うことのなかっただろうキャンバスに油絵で、はじめての絵本を描かれたことは、当時「こどものとも」に関わった作家たちが挑戦意欲をもって、創作にあたっていたことがうかがえます。

そんな1958年の1冊として取り上げるのは、加古里子さんが描いた『だむのおじさんたち』、ダムの建設現場で働く労働者のお話です。 今でこそ「ダム建設」は無駄な公共事業、環境破壊と少し悪者のようになってしまっていますが、1958年当時、ダム建設は経済成長を支える電力確保のため 国の一大事業でした。新聞にも頻繁に「ダム建設」がとりあげられ、一方で労働運動も盛んだったことから、そんな働く人を伝えたいと、編集部は「ダム」と 「働く人」を取り上げることを決めました。そして、作家として白羽の矢がたったのが、当時、昭和電工の研究所員であり、工学博士でもあっ た加古里子さんでした。メインはダム建設ではなくそこで働いている人たちのようすを子どもたちに伝えてほしいという編集部からの依頼に、加古さんは「ああ、やりましょう」と絵本をつくることになります。

測量をする人、山奥に持ち込まれるブルドーザーやショベルカーなどの重機、夜通し続け られる工事のようすが、加古さんにしか描けないだろう筆致で描かれています。ダムのおじさんである働く人々が、お昼休みに休憩する姿も描かれています。食 事をしたり、将棋をさしたり、故郷に手紙をかいたり……。ハーモニカをふいている人もいます。ダム建設を手伝う森の動物や昆虫が、たびたび登場するところもとてもユニークです。

だむのおじさんたち2圧巻なのは、コンクリートを運ぶ場面です。ダムのそびえる 壁を背景に、コンクリートをいれた大きな黄色いゴンドラが空高いところからつりさげられています。画面の下部には働く人々が小さく描かれ、ダムの大きさ と、ダムを作ることの大変さを子どもたちが静かに心で感じとることができる構図になっています。そして、「おじさんたちは だむを すこしずつ すこしずつ きずいていきます。つくっていきます。」という文章がそっとそえられています。働くこと、何かを作りだすことの本質が描かれているように思えてなりません。

高度経済成長の時代、多くの人々が建設現場で働いていました。働く人には家族がいました。出稼ぎといって、家族と離れて労働に従事し たお父さんがたくさんいました。子どもがお父さんに「お父さんは何をしているの?」と聞いたときに、ちゃんと伝えられるような本を作りたい。そんな作家の 思いがしみ込んでいるともいえる作品です。

※現在『だむのおじさんたち』はブッキングより刊行されています。

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