長谷川摂子さんと絵本作家

【第7回】岸田衿子さん|本の中のものと子どもが遊んでくれればいいといつも考えてる

きいちごつみ
外に向かって目を開いて

◇楽しいテンポが好き
長谷川
 岸田さんは大学で油絵を専攻されてますが、絵はいつごろから?
岸田 昔から絵は好きで、時々ひとの宿題をかいてあげたりしてたんですけど、飯田の女学校の最後の年にツベルクリンが陽転して、あまり学校へ行かないで絵ばっかりかいてた。近所の絵描きさんに教わりながら。あっ、その前にずうっとピアノやってて、もしかしたらピアニストになるかもしれないと思った時期がある。
長谷川 よっぽど好きだったんですね。
岸田 いやじゃなかったのね。みんないやじゃないのかと思ってたら、だれに聞いてもいやだったと言うんですね。
長谷川 親の期待や強制がうるさくて、いやがる子どもたちが多いようですが、そういう意味ではご両親は……。
岸田 何にも言わないから。親にけっこうおだてられたと思う。私は、ピアノの練習曲とか好きだった。デッサンも、ほんものそっくりに描くのが好きで。田植えなんかも好きなのね。お皿の絵つけで同じ柄をいっぱいかくとか、同じことをずーっとやるのが。そうしていると、あるスピード感が出てくるでしょう。気分がいいから、トットコトットコやっちゃう。
長谷川 絵をかくのをやめて、「言葉でデッサン」をはじめた、とどこかに書いてらっしゃいましたが、言葉というのは、楽譜どおりに弾くとか、絵のデッサンをするとかとは……。
岸田 あっ、違いますね。
長谷川 そこの飛躍がスッといっちゃうというのは?
岸田 形式が好きだから。中原中也とか立原道造とか面白くて読んだけど、それが14行詩だったりすると、14行なら書けそうだと思うわけですよね。
長谷川 ああ、なるほどね。
岸田 意味性よりも、形や音でつくりたくなるわけ。だから言葉遊びが好きなんです。どっちかというと遊びが勝ってる。
長谷川 岸田さんのお書きになるものには、すごく楽しいテンポがあるんですよね。乱調がないというか、乱れておどろおどろしくなるようなところがまったくない。
岸田 そこがつまんないとこなのね。とっても面白くなりそうで、とことん書かないんですねって言われた。私ね、とことん書くと浪花節になっちゃうような気がして、それが心配なのね。浪花節だって書けりゃいいんだけど、綿綿と書くほどのテーマじゃないというか……。他のものを読んでると、そこまでは書けないなあ、と思う時がある。やっぱり私の肺活量の問題とかあるんじゃないかと思うんですよね、あんまり深みにはまったり、しつこいのがきらいなんです。

◇子どものように自在に
長谷川 岸田さんの子どものための詩、例えば『木いちごつみ』などには、子どもを喜ばせようという媚がまったく感じられなくて、これは今、岸田さんが感じてらっしゃることなんだなという気がするんですよね。それで、大人向きというか、4行詩とかを読むと、あっ、これはさっき読んだ子ども向きの詩と全く同じ質のものなんだなという感じがして、不思議な気持ちになるのですけど……。
岸田 じつはね、難しい詩が書けないんです、早く言えば。
長谷川 戦後、詩なんかとくに、思想的な問題とか倫理の問題とか、自我の問題とか、そういう観念的な粘着質のものがわりと出てきましたでしょう。そういう時にまったく違った、書く楽しさに徹した仕事をしてらっしゃる。
岸田 現代詩という視点から見ても、昔の詩人のでも、自分というものと、対象というものがどういうふうに向き合ってるか、それとの闘いとかが多いんですけど、私はそれほど自分というものがないわけですね。動かしがたい自分というものがあんまりないから、そんなにこだわってはいないわけ。だからどちらかというと、子どもに近いんでしょうね。例えば向こうの町なら町に対して、自分はここにいて、こういうふうにがんばってるというほどの自分はないわけね。大人になっちゃうと、いろんな事情で自分はここにいなければならないとか、自分の血がここに引っ張られているというのがあって、そこから抜け出せない苦しみを書くという場合が多いでしょう、小説なんかでも。そういうの読んでるといやになってくるというか、ピンとこないわけね。
童話の場合は、海はあそこにあって、自分はここにいる、というのが逆になってもいい。童話だったら、海の身にならないと海が書けないんじゃないかと思うんですよね。私は向こう側にいるほうが書きやすい。
長谷川 いつでも外に向かって目が開かれていて、意識が向こう側へ飛んでいくという感じなんですね。

◇親として
岸田 子どもに近いといってもね、保育者としてはだめなんですよ、私。
長谷川 お子さんはお二人?
岸田 たまたま男の子と女の子。上の子が今年大学出て、今農業やってて、下の女の子はアメリカの高校に行ってます。
長谷川 子どもを育ててみて、保育者としてはだめだと……。
岸田 育てたというほどのことはしてないように思うんですね。何の方針もなくてわがままで、子どもはそれに何とかついてくるという感じで。自分の子どもの場合もそうでない場合も、とにかく一緒に遊んでると、自分が牛耳りたくなるわけね。自分が遊びたい遊びにまきこんじゃう。だから子どもは、親のために自分が犠牲になってるって、だんだん気がつくんじゃないかと。下の女の子なんて、学校へ持ってくお弁当を自分で作りながら、あたしはよくグレなかったと思うよ、とか言ってた。ちょうど親を疑問に思い始める頃に、寮とか寄宿舎に入れるといいですね。(笑)そうそう、でも、頭だけなんていう人にはなってほしくなかったのね。私のまわりには、いっぱい本なんか読んじゃって、立派なことを言う、そういう人がいっぱいいたでしょう、だから。男の子は今、農民になってくれそうだからよかったんですけど。
長谷川 でも、ものを書く仕事をやりながら、ひとりで育児というのは……。
岸田 そうねえ、でもけっこう遊んでましたよ。子どもがたいへんっていってもね、お姑さんの目が背中にはりついているっていう人もいるしね、その点、子どもというのは意外と気にならない。盲腸の傷はすごく痛むけど、帝王切開の傷はそうは感じないって言うでしょ。私は上の子の時おなか切ったんですけど、オッパイ飲ませなきゃならないと思うと、痛いなんて言ってられないで、壁を手で伝って歩いちゃうのよ。しょうがないというのもあるんだろうね、子どもだと。
長谷川 うちなんか二人で育児していたから、かえってまずいのかな。仕事してて子どもが泣くと、どっちが立つかというんで神経戦みたいだった。
岸田 私は大体一人だったから、それはなかったですね。(笑)

(終り)

※()がない作品はすべて福音館書店より刊行。
※対談の記録は、掲載当時のものをそのまま再録しています。
オレンジ罫線2ンタビューを終えて-長谷川摂子
風薫る緑の草原で、いつも地上20センチの高さの所を、素足で軽やかに歩いている人。私は岸田さんに、そんなこの世ならぬ印象を持ち続けていました。岸田さんにお会いしてお話を聞く機会があらば、ぜひこの荒唐無稽な幻想を打ち破っていただいて、素足で地面に降り立った時の、石ころや草のトゲの痛みも語ってもらおうと思っていたのです。ところがそうはいきませんでした。岸田さんは、かえって私に、地上20センチの所を歩くコツを、ひらりと見せてくれたのです。
オレンジ罫線2

岸田衿子さん

岸田衿子(きしだえりこ)1929年〜
1929年、東京生まれ。絵本に『かばくん』『かばくんのふね』『ジオジオのかんむり』(以上、福音館書店)、『かえって きた きつね』(講談社)、『スガンさんの やぎ』(偕成社)ほか。詩集や詩の絵本には『木いちごつみ』(福音館書店)、『ソナチネの木』(青土社)、『いそがなくても いいんだよ』(童話屋)などがある。

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