母の友タイアップ「こどものとも」の礎を築いた作家たち

佐々木マキさんと『やっぱりおおかみ』

0520.IN011973年刊行の『やっぱりおおかみ』は佐々木マキさん最初の絵本です。その頃、マキさんはマンガ家として活躍。雑誌「ガロ」などでマンガ表現の常識を破る前衛的な作品を発表していました。高校生の頃にその作品を見た、作家の村上春樹はこう言います。「『ガロ』の新刊を手にして、マキさんの新しい作品を目にするたびに、自分がひとつ違う世界の扉を開けたような気がしたものだ」(『うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81』太田出版刊の帯文より)。そんなマキさんが絵本を描くようになったのはなぜなのでしょうか。

――『やっぱりおおかみ』はマキさんの最初の絵本です。絵本を描こうと思ったのはなぜだったのでしょう。
マキさん 実は「印刷がいいから」なんです。マンガの雑誌って紙もざらざらした粗いものだし、印刷もモノクロでしょう? 一方の絵本はカラーだし、紙も立派。いいな、一度やってみたいな、と思っていたんです。そんなことを大学生時代の先生、秋野不矩さんに相談したら、じゃあ、と福音館書店を紹介してくれました。秋野先生は福音館で何冊か絵本の絵を手がけていらしたので(石井桃子文『いっすんぼうし』など)、その頃、社長だった松居直さんが会ってくれることになりました。でも当日、ぼくは若気の至りで約束をすっぽかしまして。

――なにかあったのですか?
コネを使ってお願いごとをするなんてフェアじゃない、と急に思ってしまったんです。なら、最初から頼むなよって話でもあるんですが(笑)、行くのはやめたと決めて家にいました。そうしたら夜、松居さんから電話がかかってきたんです。ぼくに対して怒るでもなく、おだやかな声で「どうしてこなかったんですか?」と。ああ、悪いことをしたなあ、と思って、翌日出かけていきました。

――それで『やっぱりおおかみ』の出版が決まったのですね。
いえ、決まりません。そのとき、持っていった絵をお見せしたら「まるでダメ」と言われました。「あなたは現在の子どもの本がわかっていらっしゃらないようだ」と。ぼくは19世紀のイギリスの画家ウォルター・クレインが好きなので、子どもの本って、ああいう絵なんだろうと勝手に思って描いていったのです。

――「こどものとも」はご存じでしたか?
知りませんでした。そしてたしかに絵本のこともほとんど知りませんでした。ぼくは神戸の下町の生まれで、自分の家も、まわりの友達の家も貧しくて、子ども時代に絵本にふれた記憶もありません。一方、マンガは貸本屋に入り浸ってたくさん見ていましたけれどね。杉浦茂が描く、あっけらかんとした笑いが大好きで、畳に寝転がって杉浦マンガを見ているときは本当に幸せでした。

1――絵本のことをご存じなかったとのことでしたが、ウォルター・クレインをご存じだったのは?
大人になってから知りました。美術雑誌に載っていたんです。雑誌で見かける度にスクラップして保存していました。松居さんとお会いしたのは1972年だったと思いますが、クレインが活躍したのは当時でも100年前。たいへんな時代錯誤、古色蒼然とした絵に見えたことでしょう(笑)。それで、普段の仕事を見せてもらえますか? と言われたので、「ガロ」をお見せしたら、そちらは「おもしろい」と褒めていただきました。そして、この作家をご存じですか? とモーリス・センダックの『In The Night Kitchen』を渡されました。まだ翻訳版は出ていなかった頃だと思います。

――ご覧になっていかがでしたか?
すばらしいと思いました。お話も、どこかシュールな、ぶっ飛んだ内容ですしね。センダックの絵もどこかレトロでしょう。「現代的な絵本」と言っても、こういう表現が許されるのなら、ぼくにも何か描けるかもしれない、と思いました。

――そして、『やっぱりおおかみ』を着想されたのですね。
まあ、そうですね。後日、編集部に行って、アイデアを出したら、まだタイトルも決まっていませんでしたけれど、「こどものとも」の一冊として出してもらえることになりました。それで早速……。

――絵にとりかったのですか?
いえ、引っ越しをしました。その数年前に上京してきたのですが、どうも、東京になじめなくて。いつ、どこにいても、強い緊張と不安を感じていました。原稿料のあてができたので、この機会に関西に帰ろうと思い立ち、友人知人に頼んで借金し、引っ越し資金を作ると、京都へ向かいました。京都なら、新幹線で編集者も会いに来てくれるかな、と。

2――引っ越してみていかがでしたか?
本当に、ほっとしました。心も体もゆるんだように思います。テレビをつけると、吉本新喜劇をやってますしね(笑)。

――吉本新喜劇をご覧になるのですね(笑)。
今は知らないですけど、当時の吉本はシュールでナンセンスなギャグが多くて面白かったんですよ。ストーリーもカラッと爽快なものが多くて、好きでしたね。

――先ほど東京になじめなかったお話がありましたが、『やっぱりおおかみ』も、町をひとりさまようオオカミの物語です。もしかして、ご自身の体験から生まれたストーリー?
いえ、自分自身を絵本のキャラクターにかさねて表現しようとしたことは一度もありません。あの物語は、頭に浮かんだイメージを並べていったら出来たものなんです。つまり、最初の作品から、ぼくの「欠点」が現れているとも言えるわけです。

――欠点?
ぼくの絵本には起承転結のある物語より、「こんなものもこんなものもありますよ」とあれこれ並べていく「羅列型」の作品が多いんです。これは作り手のクセのようなもので、自然とそうなってしまう。なので、そうした表現が効果的に使える赤ちゃん絵本や幼児絵本の世界は、自分に向いていると思っています。

――言われてみると『おばけがぞろぞろ』や『くりんくりんごーごー』には、次々いろいろなおばけや動物が登場します。
いろいろなキャラクターを描くのも好きです。そして描く以上は、全てのキャラクターの存在を肯定して描きたいと思っています。そういう意味では、登場人物に自分の一部が反映されてはいるのだろうとは思います。そうですね、『やっぱりおおかみ』は最初の作品だから、それがちょっと強く出ているのかもしれません。たしかに絵本の中のおおかみも、緊張と不安を感じながら町を歩いている。こうした作品を、関西で、リラックスした気持ちで描けたのはよかったかもしれないなと思います。

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……インタビューの続きは「母の友」9月号に掲載しています。あわせてお楽しみください。

ささきまき
1946年兵庫県神戸市生まれ。京都府在住。今回紹介した以外の絵本に『まじょのかんづめ』『はぐ』(以上福音館書店刊)、『ぼくがとぶ』『ムッシュ・ムニエルをごしょうかいします』(以上絵本館刊)などがある。

写真・浅田政志